男性の尿失禁
尿失禁に悩まれている働きざかりの男性はたくさんいらっしゃいます
尿失禁は女性特有の生活障害と考えられがちですが、働き盛りの男性にも軽い尿失禁の悩みをお持ちの方はたくさんいらっしゃいます。
他人に気づかれるほどの量ではなくても、トイレでの排尿後、尿が数滴モレてズボンの前にシミができることがたびたびあったり、下着が濡れて不快という症状は、若い男性にもみられます。
恥ずかしいので薄い色のズボンは履かないようにしているとおっしゃる方もいます。
また、40代後半を過ぎると、ほとんどの男性は男性生殖器の一部である前立腺(注1)がある程度大きくなってきます。
こうした体の変化にともなって排尿時に尿が出にくくなり、排尿後もチビチビと尿がモレるという症状を経験する方も増えてきます。(詳しいメカニズムについては次項以降で解説します)
しかし、生活していく上で支障を感じていても、なかなか人には相談できなかったり、ましてや専門医の診断を受けるほどのことではないと考えて、ほとんどの方が、この問題を自分のなかに閉じ込めてしまっているのが現状ではないでしょうか。
さまざまな生活シーンで活躍されている男性にとって、尿モレがひどくなれば、活動を制約する足かせにもなりかねません。
ひとりで悩まず、もっと尿モレのことを知り、治療や処方に積極的に取り組むことで、今よりいきいきした、明るい生活を過ごすことができるはずです。
(注1):前立腺:尿道を囲んでいる男性生殖器の分泌腺。
その分泌液は精液の一部であり、精子の運動性を活発にする。
男性の尿失禁の特徴は?
腎臓でつくられた尿は、尿管を通って、いったん膀胱に蓄えられます。そして膀胱の受容体と大脳との交信で、膀胱は「いっぱいになりました。」と信号を大脳に送ります。
その時にすぐにトイレに行けない状況であれば、その信号を受けた大脳が「でも、今はガマンしなさい。」と指示し、膀胱はゆるんで、尿道は締まって尿が出ることを抑えます(蓄尿機能)。
排尿をする準備が整えば、今度は大脳が「今、出しなさい。」と指令を出します。すると、膀胱は収縮し、尿道はゆるんで排尿がおこります(排尿機能)。
この2つの働きで、おしっこをガマンしたり、出したりのコントロールができるのです。
このプロセスには男性と女性の違いはなく、腎臓-尿管-膀胱までの仕組みも性差はなく、ほとんど同じです。
男性と女性の泌尿器の仕組みの違いは、尿道と、それを縮めたり緩めたりする骨盤底にあります。
女性の尿道が3~4cmであるのに比べて、男性の尿道は約20cmと長く、膀胱の下で前立腺にグルっとまわりをとり囲まれ、その先の2ヶ所で曲がっています(図-1)。この長い尿道の一部が狭窄(きょうさく)(注2)したり、広がったりすることで、男性の場合、排尿障害(尿を出しきれない状態)に起因する失禁がおこりやすくなります。
逆に、女性の尿道はストンと出口に向かって短く、尿道を締めてガマンする骨盤底の筋力が男性ほど丈夫ではないので、蓄尿障害(排尿をガマンしきれない状態)に起因する失禁がおこりやすいと言えます(図-2)。
(注2):狭窄(きょうさく):すぼまって狭いこと。

おしっこの後、しばらくしてチョロッとモレることはありませんか?
トイレで排尿し終えて衣類を整えた後に、数滴(数ml)の尿がモレてしまうことは、男性にとって、無作法ではすまされない大問題です。
排尿後にペニスをよく振ってすっかり出し切ったつもりでも、しばらくして、ほとんど尿意を伴わず少量の尿が出てくることがあります。
これは、尿道球部にたまった尿が原因でおこります(図-3)。ほかに排尿に関して何も問題を感じていない人にとっては、このケースの尿失禁はそれほど深刻な兆候ではありません。
ゆるんで広くなった尿道球部に尿がたまっているだけですから、排尿後ペニスを振る前に、陰曩(いんのう)の後ろのところを指で上前方に圧迫して、尿道に残っている最後の滴を「搾り出す」ことで解決します(図-4)。

トイレでこうした処置をすることに対して他人の目が気になる時には、ポケットの中に手をいれて、陰曩の裏側を前方に2~3回しごけば尿道を空にすることができます。
または、男性でも立った姿勢よりも座った姿勢のほうが排尿しやすい場合がありますので、便座に座って同様の処置をすることで解決できる場合もあります。
前立腺が大きくなると尿が出にくくなったり、時間がかかるようになります
男性の尿道は、膀胱のすぐ下にある前立腺の中を貫通するように通っています。前立腺が肥大してくれば、尿道は肥大化してきた前立腺の圧迫を受けてふさがれてきます。
尿道が圧迫されて狭くなれば、尿の開始が遅れる、尿の勢いがなくなる、排尿が終っても尿がタレるという症状がみられるようになります。
やがて、排尿しても完全に膀胱を空にすることができなくなり、慢性的な残尿につながります。
いつも、膀胱に残尿感があると、頻繁にトイレに通う「頻尿」といわれる症状が出始め、夜間頻尿が起こると、本人も排尿障害を自覚するきっかけになるようです。
残尿は膀胱内の尿を入れ替えることができなくなる症状で、汚れた尿がいつまでも膀胱内に残ることになり、感染が起こりやすくなります。
膀胱内の感染(膀胱炎)が起こると痛みをともない、トイレに行った直後に、また切迫した尿意を繰り返し感じるようになります。
感染があれば、尿の色が濁ったり、悪臭を放つこともあります。
前立腺肥大による排尿困難(尿の通過障害)が進行すると、うまく出せない尿で膀胱がいっぱいになり、やがて、膀胱から尿が少しずつ溢れ出す「溢流性(いつりゅうせい)尿失禁」とよばれる失禁が発症します。
これは持続的に尿が滴下し、常に少しずつモレているという症状です。
前立腺肥大は排尿障害だけでなく、時には、前立腺が直腸を圧迫することによって、持続的に便意がおきたり、排便時に繰り返しイキムことで痔核ができて、痒みや痛みの症状につながることもあります。
しかし、前立腺が肥大化してくると必ず尿失禁になるというわけではありません。
良性の前立腺肥大症で、かなり大きな前立腺であっても、なにも問題を起こさないこともあります。
逆に、前立腺肥大が軽度でも、尿道が狭窄することはあります。
男性の場合、次のような自覚症状に気づいたら、早期に前立腺の検診を受ける必要があるでしょう。
- 排尿を開始するまでに時間がかかるようになってきた。
- 尿の勢いがなくなって排尿に時間がかかるようになってきた。
- 頻尿になって、夜間も2~3回目覚めてトイレに行くようになってきた。
- いつも残尿感があり、排尿後もときどきチビチビとモレるようになってきた。
そのまま放置しておくと、感染の反復や、失禁の悪化、あるいは腎機能障害が生命の危機にかかわる場合もあり、最終的に前立腺切除手術が必要なケースもあります。また、前立腺の悪性変化による前立腺癌が発見されるケースもあるかもしれません。
「溢流性尿失禁(尿の排出障害に起因する失禁)」にはさまざまな原因があります
「溢流性尿失禁」は、重い排尿障害が原因で発症します。
悪化すると、汚れた残尿による尿路感染だけでなく、多量の残尿により尿管口が閉塞し、その結果、尿が腎臓に逆流して、水腎症などの腎機能障害(尿毒症によって、食欲不振、体重減少、貧血、脱水などの状態になることもある)などの原因となることもあります。泌尿器科専門医への受診が必須の深刻な状態です。
「溢流性尿失禁」は、尿の排出障害が背景にあり、その原因は大きく2つに分けられます。
ひとつは前述の前立腺肥大に代表される尿道狭窄による通過障害です。なお、尿道狭窄は前立腺肥大以外の原因でおこることもあります。
膀胱頸部閉塞症や会陰部の外傷、骨盤骨折の治癒の結果に起因する場合もあります。
「溢流性尿失禁」のもうひとつの原因は、膀胱の収縮障害によっておこる尿排出障害です。
子宮癌、直腸癌などの骨盤内臓器手術、椎間板ヘルニア、糖尿病などによる末梢神経障害で膀胱の排尿筋の収縮が不安定になること(充分に縮まらなくなること)に起因します。このタイプは高齢者に多く、女性にもみられます。
「溢流性尿失禁」は早期の検診で、症状に関して医師から充分な説明を受け、納得のいく適切な治療を受ける必要があります。
治療には医師の力が必須ですが、自覚症状を覚えてから治療により治癒するまでの期間にも、失禁による生活上の不便や精神的なストレスを感じるといった問題には、自ら対処しなければなりません。
そうした期間には適切な失禁用具を使用することが、苦痛をのり越え、安心して快活に生活する上で大きな助けとなります。
参考文献
「失禁ケアマニュアル」
クリスティーン S ノートン 著
河野 南雄 訳
医学書院 1992年 第1版第1刷
「自分で治す尿失禁」
リチャード J ミラード 著
東原 英二 監訳
湯本 久雄、西村 かおる、小島 美保 訳
診断と治療社 1996年 初版第2刷
「尿失禁、あきらめないで」
横山 英二、西村 かおる 著
保健同人社 1993年 初版第2刷
「高齢者排尿管理マニュアル」
大島 伸一 執筆・監修
愛知県健康福祉部高齢福祉課 2001年発行